「木を見て森を見ず」の意味や例文とは?ことわざの類語や反対語も

「木を見て森を見ず」はビジネスシーンや教育の場で好んで使われる言葉です。目先のものごとにとらわれて、周囲の状況が見えなくなるという意味で使われますが、語源や意味を正しく理解していますか?

ここでは「気を見て森を見ず」の意味のほか、英語表現、ビジネスでの使い方と例文、類語と反対語を紹介します。

「木を見て森を見ず」の意味と語源とは?

「木を見て森を見ず」の意味は「細部にこだわり周りが見えない」

「気を見て森を見ず」とは、「細かい物事にとらわれて、周囲が見えないこと」を意味します。目先のことや、細部ばかりに気を取られてしまい、全体的なビジョンや本質的な部分が把握できなくなることを表しています。

「木を見て森を見ず」の基本的な意味は、言葉そのものが示すように、「近くにある木ばかりに目がいってしまい、森全体を見渡すことができない」ということです。つまり、些細な事柄や些細な部分ばかりが気になり、包括的な視野を失っているという意味があります。

「木を見て森を見ず」の語源は「西洋のことわざ」

「木を見て森を見ず」は、西洋に古くから伝わることわざが語源となっています。イギリスをはじめ、フランスやロシアなど広く使われ現代ではアメリカやその他の諸外国でも、人生における「格言」の一つとして用いられています。

  • 英語:You can’t see the wood for the trees.
  • フランス語:C’est l’arbre qui cache la forêt
  • ドイツ語:Man sieht den Wald vor lauter Bäumen nicht.

「木を見て森を見ず」の英語訳を使った例文

「木を見て森を見ず」を英語訳の格言として使った場合、「You tend to look into only details. We say you can’t see the wood for the trees.(君はディテールばかりにこだわっている。まさに木を見て森を見ずである。)」のようになります。

「木を見て森を見ず」の教えは「全体像を見失うべからず」

「木を見て森を見ず」ということわざが伝えたいメッセージは「全体像を見失わないように」ということです。軸とする意味合いは「木は時として森を隠してしまう」となります。つまり、目の前の問題点だけに着目してしまうと、全体としての改善点を見失ってしまうという「注意喚起」の意図が込められています。

「木を見て森を見ず」は西洋を発祥とすることわざであり、道徳的な観点から誰もが理解できる「教え」でもあります。つまり、家庭や仕事、長い人生において「目先にとらわれないように」「常に全体的な視野を持とう」という奥義に近いニュアンスを持つのが「木を見て森を見ず」となります。

「木を見て森を見ず」の使い方と例文

「木を見て森を見ず」はビジネス指針として使われる

「木を見て森を見ず」はビジネス指針の一つとして用いられることがあります。たとえば、部下が自分一人で勝手に営業活動してしまった時に「木を見て森を見ず」という言葉を使って「チーム全体の動きを見よ」「周囲との連携を大切に」というメッセージを送ることができます。

また、戦略会議や営業ミーティングでは「全体的な視野を頭に入れながら、個々の役割を果たそう」と、グループワークの大切さを示すこともできます。

「木を見て森を見ず」を自己モットーとして掲げることも

「木を見て森を見ず」は、人生におけるあらゆる場面で使うことができますが、自己モットーや、日々心がけたい警句として掲げる場合も多くあるようです。

たとえば、家族や友達との関わり方において、ついつい一部分だけに固執してしまうことがあるとします。そのような時に、「木を見て森を見ず」という言葉を思い出せば、自己の行動や思考をいったんポーズし「最終的なゴール」や「周囲の状況」を再確認することができます。

「木を見て森を見ず」を否定的な意味で使うことも

「木を見て森を見ず」には、言ってみれば「細部にこだわり過ぎている」という意味を含まれています。そのため、場合によっては相手を非難する意図で、「ディテールばかり追及するのは良くない」とやや否定的な意味で使うこともあります

もちろん「木を見て森を見ず」が意味するところは「細部にこだわりすぎて、長期的な観点を失ってしまっている」ということです。しかし、やはり相手に誤解や不快な感情を与えないようにするためにも、強く否定的な意図で使うのは避けたほうがよいでしょう。

「木を見て森を見ず」を使った例文

  • 木を見て森を見ずというように、常に全体的な視野を持って仕事に励んでいる。
  • 問題が解決できないのは、木を見て森を見ずの状態が続いているからだ。
  • ゴールやおおまかな概念を忘れなければ、木を見て森を見ずにならないだろう。

「木を見て森を見ず」の類語・類義語とは?

「木を数えて林を忘れる」は「細部に集中し大まかな部分を忘れる」

「木を数えて林を忘れる」とは「細かい部分に注目ばかりして、おおまかな部分や全体が見えていないこと」を意味します。ことわざの一語一句が示すように「目先の木の数だけにとらわれて、全体的な林の部分を忘れてしまっている」という意味であるため、「木を見て森を見ず」とほぼ同義語と言えます。

「菜園作りの野良荒し」は「細部に時間をかけ大きなものは適当」

「菜園作りの野良荒らし」とは「細部のことには時間をかけて、大きなものや全体的な部分は適当に行うこと」を意味します。

菜園作りには長い時間と莫大な労力が必要になります。その部分には時間をかけるものの、その後のメンテナンスや菜園全体に必要なことがらには気を配らないこと、それが「菜園づくりの野良荒し」の意味するところです。

「鹿を追うものは山を見ず」は「一つに夢中で他が見えない」

「鹿を追うものは山を見ず」とは「一つの物事だけに夢中になり、他の物事が見えないこと」を意味します。人は何かを追っているとき、周囲の状況や置かれた立場などを見失ってしまうことがあります。そのような場面を鹿を追う人の行動にたとえたのが「鹿を追うものは山を見ず」です。

「木を見て森を見ず」の反対語・対義語とは?

「森を見て木を見ず」は「全体は把握するが細部が見えていない」

「森を見て木を見ず」とは、「全体像は把握しているものの細部が見えてない、また気にかけていない」という意味があります。「木を見て森を見ず」の「木」と「森」を反対にした言葉で、全体像だけを意識した言動や、ディテールを気にしないことなどに対して使われます。

「大行は細謹を顧みず」は「大成功をする人は細部にこだわらない」

「大行は細謹を顧みず(たいこうはさいきんをかえりみず)」」とは「大成功を収める人は、細かいことにはこだわらない」という意味があります。ビジネスを成功させたり偉業を成し遂げるような人は小さなことは気にせず物事を進める、ということを表す言葉です。

「鷲は蠅を捉えず」は「大物は小物を気にしない」

「鷲は蠅を捉えず(わしははえをとらえず)」とは「大物は小さなものを気に留めない」という意味があります。言葉通り、鷲は同等の強さを持つ獲物を捕まえますが、ハエのように小さな生き物には目もくれず気に留めません。そのような状況をたとえたことわざが「鷲は蠅を捉えず」です。

まとめ

「木を見て森を見ず」とは「細部にとらわれすぎて、全体像が見渡せていない」という意味があります。西洋のことわざが語源で、英語圏やその他の諸外国でも使われるようになりました。

ビジネスシーンでは、人を指導する立場にあるリーダーや役員などが使う「格言」として、または自己モットーや目先しか見えていない自分の行動への反省や振り返りに対して使います。類語は「木を数えて林を忘れず」、反対語は「大行は細謹を顧みず」などです。

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snowymt11
都内私立大卒(経済学部)、旅行会社、中堅商社を経て、豪州に移住。母親に小さい頃から「ことわざ」「言い伝え」「四字熟語」を毎日聞かされていた経緯あり。読んでいて疲れない記事書きがモットーです。日本最高!