「目には目を歯には歯を」の本当の意味とは?類語や宗教の意味も

「目には目を歯には歯を」ということわざは「やられたらやり返せ」という意味で使われていますが、本当にそんな意味なのかな?と疑問を感じる人も多いようです。

そこでこの記事では、「目には目を歯には歯を」のことわざの意味とともに、その語源となった『ハンムラビ法典』と『聖書』の記述についてもくわしく解説します。もともとの意味を知れば、ことわざのイメージが逆転するかもしれませんよ。

ことわざ「目には目を歯には歯を」の意味と語源とは?

「自分が害を受けたら同じようにして復讐する」という意味

ことわざとしての「目には目を歯には歯を」とは、目を傷つけられたらその相手の目を傷つける、歯を折られたら相手の歯を折るということから、「自分が害を受けたら同じようにして復讐する」という意味で使われています。

語源は『ハンムラビ法典』または『旧約聖書』

「目には目を歯には歯を」は、『ハンムラビ法典』に示された同害復讐法が語源です。『旧約聖書』にも同害復讐法と同じ内容が律法として記述されているため、『聖書』が語源だと説明されることもあります。

なお、『ハンムラビ法典』の同害復讐法は、単純に「自分が害を受けたら同じようにして復讐する」という意味の内容が書かれているわけではありません。これについてはほちほどくわしく説明します。

『新約聖書』にも記載はあるが語源ではない

『聖書』におけるイエス・キリストの言葉が「目には目を歯には歯を」の語源だとする説明がされることもありますが、これは厳密にいえば誤りです。

『ハンムラビ法典』の同害復讐法を引用した『旧約聖書』の律法を引く形で、イエスが行った説法は『新約聖書』にも書かれています。しかしイエスは、『新約聖書』で同害復讐法を否定。

このように、「ことわざ」としての意味とそれぞれの出典における「目には目を歯には歯を」の意味には違いがあります。

ことわざ「目には目を歯には歯を」の使い方と例文

「やられたらやり返せ」という意味での使い方

ことわざの「目には目を歯には歯を」は「やられたらやり返す」という行為を象徴する言葉として使われます。

たとえば、なんらかの不利益を被った相手に対して、同じようにやり返すべきだという考えの根拠として「目には目を歯には歯を」を引用します。

ことわざ「目には目を歯には歯を」を使った例文

  • 相手の出方次第では、「目には目を歯には歯を」で報復することも考えるべきだ
  • 「目には目を歯には歯を」というから、相手にも同じ思いをさせてやろう

ことわざ「目には目を歯には歯を」の類語・対義語とは?

類語は「やられたらやり返す」「倍返し」「お礼参り」

「目には目を歯には歯を」のことわざに似た意味の慣用句には「やられたらやり返す」「倍返し」「お礼参り」などがあります。

「やられたらやり返す」はその言葉どおりの意味ですが、「倍返し」とはやられたら倍にしてやり返すという意味です。実際にそうするかは別として、そのような強い復讐の気持ちを表します。

「お礼参り」とは、本来は寺社に願掛けをして願い事が成就すると、そのお礼に参拝することをいいますが、転じて不利益をもたらした相手に報復することも意味します。

対義語はイエスの言葉「汝の敵を愛せ」

「目には目を歯には歯を」の対義語には「汝の敵を愛せ(なんじのてきをあいせ)」を挙げることができます。イエス・キリストの言葉としてよく知られているもので、敵を許すことの大切さを説いたものです。

「汝の敵を愛せ」の説法は『新約聖書』の『マタイによる福音書』に登場します。イエスは「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と説き、そしてそのことにより完全な者となると述べています。

また、同じ意味の言葉には「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」もあります。同じく『マタイによる福音書』に記されています。これは、悪に対して悪をもって報復することを否定し、自分に危害を与えた人に対しても憎しみや復讐心を捨て、敵を許すことの大切さをたとえた説法です。

「汝の敵を愛せ」は敵を許して愛すること、「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」は復讐してはならないことを教えるものです。

「目には目を歯には歯を」の本当の意味とは?

『ハンムラビ法典』に書かれた同害復讐法の背景

「目には目を歯には歯を」とは、紀元前18世紀にバビロニアを統治したハンムラビ王が発布した『ハンムラビ法典』に規定された「同害復讐法」の内容を一般的に表現した言葉です。

法典には実際に「目には目を歯には歯を」と書かれているわけではありません。重罪については同程度の報復、すなわちその苦しみにふさわしい処罰を行うことを定めたもので、いくつかの例が示されています。

その中に「仲間の目を損なったら、彼の目を損なわせなければならない」といった規定があることから、その内容を表現する言葉として「目には目を歯には歯を」が一般化されたのです。

なお、『ハンムラビ法典』は、法典というより裁判において判決を下す際の手引書として使われたとする研究もあります。

本当の意味は「過剰な報復をしないように」

『ハンムラビ法典』に書かれた同害復讐法は、「やられたらやり返せ」という暴力による報復をあおる内容のように捉えられがちですが、実はそうではありません。

本当の意味は「倍返しのような過剰な報復を禁じる」ことにあります。これにより、過剰な報復や報復合戦に発展するような暴力の拡大を防ぐ意図があったのです。

つまり、本来は「目には目を歯には歯を、それ以上の報復はしてはならない」という趣旨なのです。

『新約聖書』においてイエス・キリストは同害報復を禁じている

『新約聖書』において、イエス・キリストは「目には目を、歯には歯を」を引用する形で同害報復を禁じています。具体的には、次のような記述です。

『新約聖書』「マタイによる福音書」38

あなたがたも聞いているとおり、「目には目を、歯には歯を」と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も向けなさい。

これは先に対義語で説明したように、同害報復を引用する形でそれを否定すると同時に、敵を許すことの大切さを説いたものです。

『旧約聖書』では償いの方法として定められている

『新約聖書』はイエス・キリストの生涯と教えについて書かれたキリスト教徒の経典ですが、『聖書』にはもうひとつユダヤ教の経典であり、律法の書でもある『旧約聖書』があります。

『旧約聖書』の律法には、ユダヤ教が成立する前に成立していた『ハンムラビ経典』の同害復讐法の影響を受けたものがあります。

ハンムラビ経典の本当の意味は「目には目を歯には歯を、それ以上の報復はしてはならない」であることを先に説明しましたが、『旧約聖書』の律法では「償いの方法」として書かれています。

『旧約聖書』「出エジプト記」21

人々がけんかをして(中略)もし、その他の損傷があるまらば、命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足、やけどにはやけど、生傷には生傷、打ち傷には打ち傷をもって償わねばならない。

「目には目を歯には歯を」の英語表現とは?

英語では「An eye for an eye, and a tooth for a tooth.」

「目には目を歯には歯を」は英語で「An eye for an eye, and a tooth for a tooth.」と表現します。これは『旧約聖書』の英語の記述であり、聖書から訳して日本にもたらされたのが「目には目を歯には歯を」の表現です。

『旧約聖書』では償いの方法として書かれているため、「目には目を歯には歯を」ではなく「目には目で、歯には歯で」と訳したほうが適切であるとの意見もあります。

他には冠詞などを省略して「eye for eye, tooth for tooth」と表現されることもあります。「eye」と「tooth」は、それぞれ「目」と「歯」という意味です。

まとめ

「目には目を歯には歯を」は、日本のことわざとしては「やられたら同じようにやり返せ」という意味で使われています。しかし、語源となった『ハンムラビ法典』と『旧約聖書』では、どちらも「やられたらやり返せ」という意味では書かれていません。本来は「必要以上に報復してはならない」「痛みには痛みで償う」ことを説いていると理解しておくとよいでしょう。