「言及」の正しい読み方と意味とは?使い方と類語「追求」の違いも

「言及」という言葉は普段の会話で使われることは少ないものの、ビジネスシーンでのやり取りや報道などではよく見聞きされるものです。しかし誤った読み方をしていたり、似ている言葉と取り違えて用いたりしている事例もあるようです。この記事では「言及」の読み方と意味・使い方のほか、類語も紹介しています。

「言及」の意味とは?

「言及」とは話題がある事柄にまで及ぶこと

「言及」とは、話題がある事柄にまで及ぶことやあることを話題にするという意味です。漢文を訓読するように「言及」を読み下すと「言い及ぶ」となりますが、そのまま熟語の意味するところを表しています。

「言及」は、話し言葉・書き言葉のいずれにも用いることができます。しかし、やや硬い表現であるため日常会話ではなくビジネスシーンでの会話や文書、ニュースや新聞などの報道で使われるケースが一般的です。

「言及」と「言う」の違い

「言及」は「言い及ぶ」という意味ですが、「言う」はシンプルに「言葉を口にすること」を意味する言葉です。「言及」は、話題として取り上げたり意見を述べたりするというように、「言う」より絞り込んだ意味合いがあります。

したがって、あることに対して「言及」を求められたような場合に、軽く受け流すような「言う」という対応で済ませることは不十分といえます。

「言及」は発言以外にも使われる

「言及」には「言」という文字が使われていますが、発言やそれを記述したものだけでなく、記述文そのものに対しても使用できます。

たとえば記者が週刊誌に執筆した記事に対して、「今週の週刊誌で〇〇について言及する記事を執筆した」というようにいうことができるのです。

「言及」の読み方は「ごんきゅう」?

「言及」の正しい読み方は「げんきゅう」

「言及」の読み方は「げんきゅう」で、時折耳にする「ごんきゅう」は誤りです。「言」の読み方には漢音の「ゲン」と、呉音の「ゴン」があります。

仏教とともに漢字が伝来したときの読み方が「呉音」で、後に新しく遣唐使が持ち帰った読み方が「漢音」です。そして桓武天皇が792年に出した「漢音奨励の勅」により、漢字の読みは「漢音」が主流となっていきます。

「言」の読み方は「ゲン」が多い

現在「言及」をはじめ漢字の音読みの多くは「漢音」で、「呉音」が用いられる事例は仏教や医学に関わる用語など限定的です。

「言」も「言語」「言外」などのように「漢音」で「ゲン」と読むものが多くみられます。しかし四字熟語の「言語道断」では「ゴンゴ」と読み、偏の「言」は「ゴンベン」と呼ぶように、「呉音」での用例も残っているのです。

「言及」の使い方と例文

「言及」は「言及する」の表現でよく使われる

名詞に「する」を続けることでサ変動詞に変え、自動詞として用いる用法は多くみられるもので、「言及」の場合は単独の「言及」より「言及する」のほうがよく用いられています。「言及する」の「する」を「される」「なさる」に変えれば敬語としての使用も可能です。

「言及する」を使った例文
  • 今日の会議で、社長は我が社のM&A方針について言及するだろう。
  • すでに「時効」になっている過去についてまで言及する必要はない。

「言及を避ける」の意味は「その話題には触れない」

「言及」は「言及を避ける」という言い回しでもよく使われており、あえてその話題についてはふれない、取り上げないという意味を表します。

「言及を避ける」を使った例文
  • カーボンニュートラルに関する議論において、再生可能エネルギーへの言及は避けれられない。
  • 彼は事件についての言及を避けたかったようだが、皆それを知りたがっていた。

「言及がない」は「そのことに触れられていないこと」

「言及がない」という表現も、「言及」の用法としてよくみられるものです。話題として取り上げて説明することが求められる状態であるにもかかわらず、その事柄に触れないままにすることを指しています。

「言及がない」を使った例文
  • メーカー側から補償についての言及がなかったことで、批判の声はさらに大きくなった。
  • 彼の引退についてチームから何の言及もないことは、あまりにも不自然だ。

「自己言及」とは「そのもの自身に言及すること」

「自己言及(じこげんきゅう)」とは、主体がそれ自身に言及することで、自分の尾を飲み込む竜(ウロポロス)がシンボルとなっているものです。

哲学では主体が自分自身について言及できる能力を、文章においては作者が自分や自身の属性について言及することを指します。

「自己言及のパラドックス」は、正しいように見える論理から矛盾した結論が導かれてしまう問題のことをいうもので、「私は嘘つきである」という論理が有名です。

「言及」と「追及」の違いとは?

「追及」とは責任を問いただすこと

「言及」と一文字違いの熟語に、「追及(ついきゅう)」があります。追いつくまで追いかけるという意味より、追い詰めて責任を問いただすという意味で用いられることが多い言葉です。

なお、同音異字語の「追求」は目的のものを手に入れることを、「追究」は未知のものやものごとの本質を深く調べて明らかにしようとすることを指しています。

「言及」は責任の所在まで問わない

何らかの問題が発生した場合においての「言及」は、その問題を取り上げて説明したり議論したりするものです。一方「追及」は、その問題の責任が誰にあるのかをはっきりさせることを目的とします。

したがって両者の違いは、責任を問いたいときには「追及」を、話題として取り上げるにとどめたいときには「言及」を用いるという点にあるのです。

「言及」の類語・類義語

「論及」はそのことがらに論が及ぶこと

「論及(ろんきゅう)」は、ある事柄に論が及ぶことを表した言葉です。「言及」においても話題がある事柄にまで及びますが、軽く取り上げる程度でさほど深くは触れません。

しかし「論及」においては、論じるというレベルの意見をきちんと述べます。つまり両者の違いは、どれくらい深く詳しく述べるかという点にあるのです。

「敷衍」とは見解を展開すること

「敷衍(ふえん)」とは、ある物事に対する説明をより広く展開することを指したり、物事をわかりやすく説明することを指した言葉です。

「敷」には「述べる・つらねる」、「衍」には「ひろげる・あふれる」という意味があり、両者があわさった熟語の「敷衍」は、ものごとを展開して述べることや、説明を多く述べてわかりやすくしていく様子を表しています。

「言及」ではある話題にまで話を広げるというニュアンスですが、「敷衍」は話題そのものを広げていく、もしくはわかりやすくかみ砕くことを指すものです。

「俎上に載せる」はある事柄を議論で取り上げること

「俎上(そじょう)に載せる」とは、さまざまな方面から批判や議論を行うために、ある問題や意見などを対象として取り上げることです。

「俎上」とはまな板の上という意味ですが、まな板に食材を載せて調理するということから、議論などのテーマとして取り上げることを表した慣用句「俎上に載せる」の由来となっています。

まとめ

「言及」の読み方と意味のほか、使い方と類語についても紹介しました。「言及」は不祥事についてのコメントなどが報道される際によく使われるためか、「追及」と同じニュアンスで用いられている事例がよく見受けられます。「言及」には責任を問うという意味合いはなく、話題にすることを表している言葉にすぎないので使うときにはご注意ください。