「断腸の思い」の意味と由来になった故事は?ビジネス例文や類語も

ビジネスシーンやニュースで「断腸の思いで閉店を決断」という表現を目にすることがあります。印象に残る表現である「断腸の思い」とはどのような意味なのでしょうか?

この記事では「断腸の思い」の意味と、その真の意味を理解するために由来となった中国の故事を紹介します。あわせてビジネスでの使い方や類語、英語表現も解説します。

「断腸の思い」の意味とは?

「断腸」とは「はらわたがちぎれるのどの悲しさ」

「断腸の思い」の「断腸(だんちょう)」とは、「腸(はらわた)がちぎれるほどの悲しさ」という意味です。

腸を断つ、つまり腸がちぎれるほどの強い悲しみや苦しみであることをたとえた表現です。その表現の激しさから、理不尽に追い込まれた辛い状況や逃れるすべのない苦しみなどを表す表現として使われます。

「断腸の思い」の意味は「耐え難いほどの悲しい思い」

「断腸」の語を使うときは、「思い」をつけた「断腸の思い」の形で使われます。

「断腸」という印象的なたとえであることからも、一般的な状況とは異なり「非常事態に近い状況での強い悲しみや苦しみ」を表現するために用いる慣用句です。

「断腸の思い」の由来・語源とは?

「断腸の思い」は中国の故事が由来のことわざ

古代中国の故事を語源とすることわざは日本にたくさんありますが、「断腸の思い」もそのうちのひとつです。中国南北朝時代に逸話を集めて編纂された『世説新語(せせつしんご)』という小説集に由来となる故事が書かれています。

4世紀の武将の桓温(かんおん)が兵を進めるために船で長江をさかのぼっていたところ、その途中で部下の兵士が猿の子どもをつかまえました。川沿いに母猿がずっとついてきましたが、ついに船の中に飛び込むと、そのまま息絶えてしまいます。その母猿のはらわたはずたずたに断ち切れていました。桓温はこのことを知って怒り、兵士を解雇したとのことです。

「断腸の思い」の語源となった漢文「腸皆寸寸断」

「断腸」の語源となった箇所の漢文原文は「腸皆寸寸断」です。読み下し文では「腸皆寸寸に断たれたり」となります。現代語訳では「腸がすべてずたずたに切れていた」という表現になります。

猿を痛めつけた兵士を武将が解雇したことが故事のポイント

『世説新語』は当時の著名な人物にまつわる逸話を集めたもので、その人物の思想や哲学を伝えるものでもありました。

小説集であることから、猿のくだりは史実ではない可能性も高いといえますが、武将の桓温が不用意に猿の親子を痛めつけた部下を解雇したことがこの逸話のポイントです。

貴重な兵士を解雇するほどに、生きる者の痛みを理解することが兵士には大切なことだという思想を表現したものだといえます。

なお、この逸話は「左遷や免職」に関する話をまとめた「黜免篇(チュツメン)」に書かれています。

「断腸の思い」の使い方と例文

「断腸の思い」は非常に辛い思いを表現する

「断腸の思い」は、非常に辛い思いを表現するときに用いる特別な表現です。辛く悲しい思いを経験する場面は日常的にあふれているといえます。その中でもいつもの日常とは違う状況に追い込まれ、非日常的な辛さや悲しみを感じる場面において「断腸の思い」が使われます。

例文
  • 災害被害の大きさを目の当たりにして、断腸の思いです
  • 断腸の思いで友人を告発する

ビジネスでは「苦しい決断」に対して使われる

「断腸の思い」の表現はビジネスの場面でもよく使われます。特に、ネガティブな場面での経営判断について、「断腸の思いで撤退を決断した」「断腸の思いで人員整理に着手する」などと表現します。

「断腸の思い」という強い表現を使うことにより、経営側にとっても痛みを伴う厳しい判断であることを関係者に示すことができます。

また、ビジネスでは「まことに断腸の思いであります」といったように、「まことに」をつけて硬い表現で使われることも多いです。

「断腸の思い」は安易に使わない

「断腸の思い」は語源で紹介したとおり、子どものことを思って悲しみのあまり腸がずたずたになってしまったという母猿の逸話がもとになったことわざです。死んでしまうほどの強い悲しみを物語を用いて伝えています。

また、「断腸」という語自体も非常にインパクトの強い漢字の組み合わせです。そのことから、「断腸の思い」はここぞというときに自分の特別な感情を伝えたり、抵抗することのできない理不尽な苦しみなどを表現したい場面で使いましょう。

客観的に見て誰もが日常の中で感じるような辛さであったり、自分にも非がある場合の辛さなどに「断腸の思い」を使うと、不謹慎だと受け取られることもあるので注意が必要です。

「断腸の思い」の類語や言い換え方

「断腸の思いで決断」の言い換えは「苦渋の決断」

「断腸の思いで決断する」は「苦渋の決断」に言い換えることができます。「苦渋(くじゅう)」とは、「苦しみ悩むこと」という意味です

「苦渋の決断」の表現では物足りないほどに辛い決断をしなければならないときに「断腸の思い」が用いられます。

胸をたとえに使う「胸が張り裂けそうな思い」

「断腸の思い」は辛い思いを「腸が断たれる」ことにたとえた表現ですが、辛さを「胸」にたとえた表現には「胸が張り裂ける」があります。「愛犬の死は胸が張り裂ける思いだ」などと、強い悲しみや苦しみを表現します。

また、「断腸の思い」は「決断」と結びつくことが多いため、ビジネスでもしばしば使われる表現です。「胸が張り裂ける思い」は深く繊細な悲しみの感情を表す言葉であるため、ビジネスの場面で使われることはあまりありません。

「胸が張り裂ける思い」と同じ意味で、「心が引き裂かれそうな思い」と表現することもあります。

「断腸の思い」に似た表現「身を切る思い」

「断腸」は腸を切るほどの悲しみのたとえですが、同じように体を切るたとえで悲しみを表現する「身を切る思い」という慣用句もあります。

特に、リスクを伴ったり自分に不利益があることを前提に物事を進めるときに、「身を切る思いで改革を行う」などと使われます。

怒りが混じる思いは「憤懣やるかたない思い」

「断腸の思い」は非常に辛い思いを表現するだけではなく、「怒りの感情」が混ざっているときにも使われます。たとえば、自分は店舗での仕事にやりがいを感じていたのに、会社の方針で急に閉店することになった場合です。思いもかけないことになり、理不尽な思いが「断腸」に込められているといえます。

このような、苦しみに怒りの感情が混ざる思いは「憤懣やるかたない思い」と表現することもできます。「憤懣(ふんまん)」とは「腹が立って我慢ができないこと」という意味で、「やるかたない」とは「怒りなどの気持の晴らしようもない」という無念さを表現する言葉です。「閉店に至ったことは憤懣やるかたない思いだ」などと使います。

まとめ

「断腸の思い」とは、「腸がちぎれるような思い」の意から強い悲しみを表現することわざです。とらわれた子を思うあまり腸がずたずたになって死んでしまった母猿の故事が由来であることからも、日常ではありえないようなつらい気持ちを表現するときに使います。

「断腸の思いで閉店を決断した」「中止を告げるのは断腸の思いだ」など、「苦渋の決断」では表現しきれないシーンで多く用いられます。新型コロナウイルス感染症の影響では、苦渋の決断をせざるを得ない状況が多く、「断腸の思い」が多く使われました。