「蛇の道は蛇」の意味とは?「餅は餅屋」との違いや類語も紹介

「蛇の道は蛇」は、同類者はその事情に通じているという意味を持つことわざで、どちらかといえば良くないことについて使われているものです。この記事は、「蛇の道は蛇」と「餅は餅屋」との違いや、類語・対義語などについても紹介したもので、ことわざについての知識がより深まる内容となっています。

「蛇の道は蛇」の意味とは?

「蛇の道は蛇」とは同類者はその事情に通じているということ

「蛇の道は蛇(じゃのみちはへび)」は、あるものごとについては同類の者ならよく理解しているという意味のことわざです。

最初の「蛇」は「じゃ」と読み、大蛇のことを指しています。もうひとつの「蛇」は「へび」と読み、普通の蛇のことを指すものです。

つまり前と後の「蛇」が読み分けされている理由は、それぞれが同じ仲間ではあるが別のものということを指しているところによります。

「蛇の道は蛇」の由来は『御伽草子』

「蛇の道は蛇」は、もともと「蛇の道は小さけれども朽縄(くちなわ)が知る」という言い回しで使われていました。

「朽縄」は小さい蛇の古い呼称で、中世に書かれた『御伽草子・鴉鷺合戦物語(おとぎぞうし・あろかっせんものがたり)』に記されています。

その後、近世に書かれた俳諧作法書の『毛吹草(けふきぐさ)』では「蛇の道は蛇が知る」となり、時代を経てさらに省略が進んだ「蛇の道は蛇」という形になりました。

「蛇の道は蛇」は悪い意味で受け取られがち

「蛇の道は蛇」には、専門家はその道に通じているという意味で使われている事例がみうけられます。

たとえば家電製品が故障したような場合、プロに依頼してよかったといった意味合いで「さすがプロ、蛇の道は蛇ですね」というようなケースです。

しかし「蛇」は、洋の東西を問わずネガティブなイメージを持たれている動物です。また「じゃ」という音が「邪」を連想させることからも、「蛇の道」には一般人にはわからない裏の世界というニュアンスがあります。

これらの理由から「蛇の道は蛇」は、使う相手や場面によっては意図に反した悪印象を与えてしまうことがあるため、注意が必要です。

「蛇の道は蛇」が失礼にあたることも

「蛇の道は蛇」で「じゃ」と読む最初の蛇は、「おろち」や「うわばみ」など蛇の世界の「親玉」といえるものを指しています。一方の「へび」は普通の蛇で、蛇の世界の末端にいるものといえるものです。

つまり、「蛇の道」のことは末端の蛇でも知っているということを表しているのが、「蛇の道は蛇」といえます。

そのため、その道の権威や代表者に対して「蛇の道は蛇」を使うことは、失礼にあたるのではないかと受け取る方もおらるようです。

「蛇の道は蛇」の使い方と例文

「蛇の道は蛇」はほめ言葉として不適切なことも

先の章で紹介したように、「蛇の道は蛇」ということわざにはやや後ろ暗いイメージがつきまといます。

したがって、直接相手に対して敬意を表したりほめたりしたいような場合には、後で紹介する別の言い回しで表現することをおすすめします。

「蛇の道は蛇」の例文

  • 蛇の道は蛇というが、まさか彼がこんな裏技まで知っていたとは驚きだ。
  • ご隠居がその筋の事情に精通しているのは、まさに蛇の道は蛇ということだろう。
  • かつて金融機関に勤めていた彼女なら、帳簿の工作など蛇の道は蛇で簡単に見破れるはずだ。

「蛇の道は蛇」と「餅は餅屋」との違い

「餅は餅屋」は餅屋の餅が最も良いという意味

「餅は餅屋(もちはもちや)」は、餅屋の餅が一番よくできているということを表したことわざで、いろはかるた(京かるた)にも収録されていることでも、よく知られています。

かつては多くの一般家庭でも餅をついていましたが、やはり餅屋がついた餅にはかないませんでした。

ここから素人はいくら上手でもプロの仕事にはおよばない、プロに任せておけば間違いないという意味で「餅は餅屋」が用いられているようになりました。

なお「餅は餅屋」は、プロが自分自身の仕事に対する矜持を示すときに使うこともできるものです。

「餅は餅屋」はポジティブなほめ言葉

「餅は餅屋」は、さすがプロは違うという称賛の気持ちをあらわすほめ言葉として使われていることわざです。

そのため、「餅は餅屋と言いますが、専門家のあなたにお願いして大正解でした」というように、相手に対して直接使うことができます。

「蛇の道は蛇」に素人は上手ではないという意味はない

「蛇の道は蛇」は、専門家はその道に通じていることを表していますが、素人が頑張ってもプロのようにはできないという意味はありません。

この点と大っぴらに使うことがはばかられるケースがあるという点が、「蛇の道は蛇」と「餅は餅屋」との違いです。

「蛇の道は蛇」の類語

「馬は馬方」は専門家に任せるのが一番という意味

「馬は馬方(うまはうまかた)」は、何事も専門家に任せるのが一番良いという意味のことわざです。

馬方は、馬に荷物や人を乗せて運ばせる仕事をする人のことです。馬の扱いは素人には難しいものですが、馬を自在に扱える馬方に任せれば、荷物や人をスムーズに運搬できるということを表しています。

「馬は馬屋」は、「餅は餅屋」と同様の構造になっており、類似することわざとして「刀は刀屋」「酒は酒屋に茶は茶屋に」「病は医者歌は公家」などがあります。

「海のことは漁師に問え」は専門家に尋ねるのが良いということ

「海のことは漁師に問え」は、何事も専門家に尋ねるのが良いということを表したことわざです。海のことに関しては、日々海で漁をしている漁師に尋ねるのが一番良いということをいっています。

同じようなことわざとしては、「山のことは樵に聞け」「田作る道は農に問え」などがあります。

「仏の沙汰は僧が知る」はその道のプロに任せよという意味

「仏の沙汰(さた)は僧が知る」は、専門分野についてはその道のプロに任せるのが良いという意味のことわざです。

「沙汰」には「選別」「処置」という意味があり、神仏がどのような判断をするかについては、仏教の専門家である僧侶が知っているということを表しています。

なお、「弓矢の道は武士が知る」も同様のことわざといえるものです。

「蛇の道は蛇」の対義語・反対語

「左官の垣根」は専門外のことはうまくいかないということ

「左官の垣根(さかんのかきね)」とは、自分の専門外のことはうまくいかないという意味のことわざで、「蛇の道は蛇」の対義語といえるものです。

左官とは建物の床や土塀などを、こてで塗って仕上げる専門職のことです。垣根は敷地や庭を区切るための囲いで、竹や植木で作った塀のようなものですが、左官が垣根を作ろうとしてもうまくいくものではないことから、ことわざとして使われるようになりました。

「蛇の道は蛇」の英語表現

「Set a thief to catch a thief」は泥棒を捕まえるには泥棒を使え

「Set a thief to catch a thief」は、「蛇の道は蛇」と同じ意味合いを持つ英語のことわざです。

「泥棒を捕まえるには泥棒を使え」と訳すことができ、泥棒を捕まえるためには、泥棒の考えや行動を一番よく知っている泥棒を使えばよいということを表しています。

まとめ

「蛇の道は蛇」の意味と使い方について、「餅は餅屋」との違いや類語なども紹介しながら述べました。「餅は餅屋」のようにポジティブな意味合いを持つ類語は数多くありますが、「蛇の道は蛇」に近いことわざは以外にも英語でした。

いずれにしてもどのような道にも専門家がおり、その方面に関しては無理せず専門家に任せるのが一番よいということは、ビジネスにおいても知っておいて損はないことといえるでしょう。